からだ-意識-わたしアクセスユニット

このクリニック内の建造物には、基本的な「使用法」があります。

・体の内側や外側に面や線を引く。
・その面や線を補助線に立ち上がってくる「わたし」を観察する。
・そして、「わたし」と思っていたものが何によって貫かれていたかを知って、そのような「わたし」を超えていく。

このための装置、
「からだ−意識−わたしアクセスユニット」
というのが、この内装のアーキテクチャ(設計思想)となります。

<さらに詳しく>

精神科医(故)中井久夫氏の言葉に、
「建築は精神科医にとって最も強力な治療の武器である」
「こころは、しわ(摺動面)にある」
という言葉がありますが、
身体感覚にアプローチする、「からだ−意識−わたし」の小さなテーマパーク、
これが、クリニックの建造物のコンセプトとなります。

身体的な感覚を補助線として立ち上がってくるもの、立ち上がってくるわたし、再組織化するわたし、を観察する。
身体の経験にアクセスし、日常的/習慣的な知覚のとりまとめを解除し再編成する過程で、
・「わたし」と思っていたものが何によって貫かれていたかを知って、それを超えていくこと
・「わたし」「家族」「働くこと」と思っていたものが再組織化されていくこと
・「わたし」「家族」「働くこと」に関する語りが語り直されること
(物語生成機能へのアプローチ。健康の定義は「語り直せること」。)
……そのような「からだ-意識-わたしアクセスユニット/装置」としてのクリニックの空間をデザインしました。

<上記の設計思想に係る経緯>

私(青木)が大学を卒業して神経内科医として修練していた頃は、「医学的に見て適切な医療」を提供することに専念する日々を送っていました。「テクニカルエキスパートとしての医師」であることを目標に研鑽していたと言い換えることもできます。

その後神戸の地で精神科臨床医としてのキャリアを歩み始めました。真摯に臨床に向き合う先生方と出会い、精神科医としての足腰を鍛える機会を与えていただいたことは、私にとって幸運なことでした。その一方で、精神医療の現場においては、その現状にある種のリアリティショックを受け、これは自分がテクニカルエキスパートとしての医師であるだけでは効果的には関与できないものだと直感しました。当時それを「組織の課題」「経営の課題」と捉えた私は、経営学及び組織行動論を学びたいと考え、神戸大学経営学部の社会人大学院の門を叩き、その総括として2011年に「精神医療専門職の日常知の研究」という論文を執筆しました。当時「自分が本当にやりたいテーマをに取り組むように」と激励いただいた高橋潔教授には深く感謝しております。この論文は、精神医療の専門職の会話場面において、成員個人にとっての「もっともらしさ」が加工され、成員全体にとっての暫定的な「もっともらしさ」が組み上がっていく「人びとの方法:エスノメソッド」を、言語的相互行為の協調様式として記述した、というものでした。

これに続き、2011年に神戸大学精神科の教室主催で「精神医療とアーキテクチャ」をテーマとした学術講演会を開催しました。当時共に考え合い準備いただいた、杉林稔先生を始めとする諸先生方には深く感謝しております。この学術講演会について振り返って書いた文の一部を以下①②に抜粋します。

①歩行介助ロボットを開発した生物物理学ならびにロボティクスの研究者である 三宅美博が「設計者に限らず使用者も含めて、人間と人工物が行為的に関わり合うなかで 共空間を創り上げるはたらきの重要性を主張したいと思う。このとき、人工物自身が人間のように共空間を生成するとは考えにくいが、人間における空間の生成過程に対して、人工物がどのように共に関わるのかという視点から捉えることは可能であろう。そして、それを、人間と人工物の関わりにおける『共生成』と呼ぶことにしたい」とした共生成、社会学者の宮台真司が「何が人々のどんな行為を可能にするかについては、例えどれほど意識的であろうとしても、行為を左右するパラメータが確定できないので、よくわからない」と述べ、どんな設計をしても、人々の自生的な行為が設計意図を超えて展開し、設計の意図と帰結とは必ず乖離するとしたアーキテクチャの予測不可能性、法哲学者の安藤馨が「アーキテクチャによる行為規制の本質は、まさに行為の自由そのものの直接的縮減という点にある。だが、そもそも物理的構造物による自由の縮減 (それが正確には設置者の自由の拡大を伴う再配置であるということを常に忘れるべきではないが)はあらゆる所に生じている」と述べた統治技術としてのアーキテクチャと自由の関係、こういった概念を横目に見ながら、では、<ひと>と<もの>のあいだに立ち現れる<こと>を凝視して、精神医療というフィールドにおいて、<よきこと>をどのように設計して<もの> にこめる―某先生の言葉を借りればどのように「アークテクる」―ことができるか、ということについて、さまざまな分野の方の知恵が反応し合って、何か数式や原理のようなもの(アーキテクチャの語源は「諸芸の原理」だそうです)を予感させるヒントが得られれば、今回の試みには意義があったと言っていいのではないか、と考えていました。
②また、(演者3名に)それぞれの立場から今回のテーマについて論じていただいた上で、同時にこのテーマを日常臨床での実践に引き寄せるような「事例提示」があれば、より有意義なものになるのではないか、と考え、総合病院・単科病院・クリニックの先生方に、「アクションリサーチ」をお願いし、当日報告していただきました。具体的には、今現在ある「もの」や制度、システムなど、どんな形でも良いから変えてみて、そこで起きたことについて考察してみる、という試みでした。少し抽象度を上げてみますと、「ルーチン化し半ば意識下に沈んだアーキテクチャに、あらたな<もの>を足す(あるいは一部を削る)ことによって、それまでのアーキテクチャに裂け目・断層を作る。その裂け目・断層に見えたものは何なのか、を様々な角度から振り返り、同時にルーチン化していたアーキテクチャを通して成し遂げていた<こと>を改めて意識化するという、自らの体を腑分けするような試み」であった、ということも出来るでしょう。

その頃の私の問題意識は、集団の構成員にとって「当たり前」とみなされること(日常知)の生成に効果的に関与するために、さらには人/人々の「良いところ」が引き出され「残念なところ」が引き出されないために、制度なども含めたあらゆる人工物を見渡してどのように(建造物に限らない)人工物を設計することができるのか、というところが大きかったように記憶しております。

その後荒川修作氏の作品を知るに至り、2015年5月に養老天命反転地、7月に三鷹の天命反転住宅を訪れ、私の関心のあり方と重なる部分があると感じ、私がクリニックを立ち上げることになった時にはご関与いただければ、との希望をArakawa+Gins東京事務所の本間様にお伝えしておりました。

2024年にクリニック立ち上げのプロジェクトを始動する運びとなり、Arakawa+Gins東京事務所に問い合わせたところ、ご厚情により建築家の田村様、関西大学教授の三村様を始め多くの関係者様とお引き合わせいただきました。京都芸術大学教授の小野様より「天命反転畳/天命反転茶室」を、関西大学教授の木下様より「天命反転球体」をご提供いただけましたことも望外の喜びでありました。「ボトムレス」については、小野様より関連する論考と画像をお示しいただいたことをきっかけに、現在の形での導入が進みました。