不調のサインに早く気づく
受診するタイミングを逃さないために

まず、「働くひとのこころ外来」の診察室に来られる方によくお見受けする状況を挙げてみましょう。

  • 徐々に仕事上の責任が重くなってきた。
  • 業務量が増え多忙になり、残業は制限されていて数字の上では多くないが、以前に比して実質的な仕事量が減ったわけではない。
  • 仕事のことが頭から離れなくなり、うまく切り替え、リラックスする方法がわからない。
  • 週末はぐったりしていて、ごろごろしているだけで1日が終わってしまう。
  • 運動や趣味、安心できる人と話すことなど、以前は生活の中で実行できていた回復に役立つ活動ができなくなっている。
  • 「仕事に没頭して、人が納得するだけの成果を上げるべきだ」「自分の代わりになる人がいないのだからやらないわけに行かない」など、周囲の期待を取り込んで内面化し、自分にむち打つことを続けてしまっている。
  • ともかく目の前の業務をこなし、「さばいていく」ことしか考えられなくなっている。職業生活について振り返ったり、先のことを検討したりする心理的な余裕がない。
  • 周囲は自分の不調に気づいているのかいないのかはっきりしないが、「業務量を調整しましょう」というような話は周囲からは出て来ない。
  • 苦しいし、仕事を辞めたい気持ちも湧いてくるけれど、辞めてその先どうしたら良いのかわからない。
  • 心療内科/精神科にかかるのは心理的にハードルが高いと感じている。

このような方が、不眠、不安、意欲や気力の低下、情緒不安定などの症状を呈していよいよ受診された際、 医師としては、もっと早く来ていただければ、もっと早く対処していれば、と感じることがよくあります。 一方「どう不調なのか自分でもよくわからない」と言われる方もおられ、 私から「本来のご自分の普通の(絶好調、というのではなく)調子を80点として、今は何点でしょうか?」 「何がどうなれば80点になるでしょうか?」 と尋ねることでようやく不調の内容が言語化されることもあります。

どうも不調というのは当初気づかれにくいことがあるようです。 ゆでガエルではありませんが、最初は一時的に思えた症状が徐々に頻繁に出るようになり、 さらに不調であることが「当たり前」「普通」になってゆき、 何がご自分の本来のコンディションであったかがわからなくなってゆく方はとても多いのです。 早期の対処が遅れ、不調が長引く結果となることも珍しくありません。

ストレス反応は火事のようなものだと説明することも多いのですが、 望ましい介入のタイミングを逸すると、回復しづらくなり、 薬物療法を行っても効果が出づらくなりがちです。

それでは、不調に早い段階で気づくにはどうすればよいでしょうか。 症状に着目する方法としては、厚労省による 「労働者の疲労蓄積度自己診断チェックリスト2023年改正版 (→リンク

)」 にある症状に着目するのも良いでしょう。

ただ、今回私がおすすめしたいのは、より早期の不調のサインとして、 「つらい」と自覚し始める前の体のサインや行動上の変化、 それもご自分に特有のパターンを発見することです。

  • 休日の過ごし方が変わる(楽しみにしていた活動、片付けや家事などができなくなってくる)
  • 植物の手入れが疎かになって枯れてくる
  • カフェイン、ニコチン、アルコール、糖分、ハイカロリーな食べ物等の摂取が増える
  • 仕事において踏ん張りが効かず「粘り」がなくなる
  • 運動しても、いつものように体が動かない、すぐ疲れる
  • 新たな発想が湧かなくなる
  • 鼻歌がでなくなる
  • 声がかすれる
  • 睡眠の質が変わる
  • 人と話すのが面倒になる
  • 些細なことでいらいらする

失ってわかる健康のありがたみと言いますが、 何度か調子を崩し、そのエピソードを振り返る中で徐々に、 ご自分の場合にどのようなパターンで悪化していくのかがわかり、 より早期のサインを捉えられるようになっていきます。

不調の前兆を捉えられるようになるには不調を繰り返さなければならないという逆説的なところがあり、 なかなか難しいところですが、 これを一種のゲームのように捉えて、そのスキルアップに取り組んでみても良いのではないかと思います。

来院された方が、調子を崩したことをきっかけに、 ストレスや不調に対処する技術が向上し、 より「しなやかに、したたかに」生きていけるようになり、 医者いらずになっていただけるなら、医師としてうれしく思います。