週ごとに疲れを消化する

1週間の疲れの収支

皆さんは、仕事のストレスに対して、何か対策をしておられるでしょうか。ご自身のコンディションを整えるために普段から工夫しておられる方もおられれば、特に何もしていない、という方もおられると思います。

対策を考える上で私がよくお勧めするのは、「1週間の疲れの収支のバランス」を意識することです。ここでは、平日の昼間に仕事をし、週末に休む方を一つのモデルとして説明します。

まず、朝から仕事をすると、その内容や量、人間関係など、さまざまな負荷によって心身のゆとりが少しずつ削られていきます。疲れがたまる、元気が減っていくわけです。1日の仕事が終わると、睡眠などを通してある程度は回復します。しかし、平日が続くなかで、疲労は少しずつ蓄積していきます。そして5日間の仕事のあと、土日に重点的に回復し、それまでにたまった疲れという「負債」を返していく。その結果、翌週の月曜の朝に、元気さが1週間前と同じ程度まで戻っていれば、「1週間の疲れの収支のバランスが取れている」と言えます。これを毎週、52回繰り返すことができれば、少なくとも観念的には、1年を乗り切ることができます。

いわば、マラソンで「次の電柱まで走る」を繰り返すようなものです。

しかし、この「1週間の疲れの収支のバランス」がが崩れると、疲労は月単位、年単位で少しずつ蓄積してゆき、どこかで一線を割って、心身に変調が現れはじめます。

たとえば、こういった変化です。

  • ・寝つきが悪くなる
  • ・夜中に何度も目が覚める
  • ・いらいらしやすくなる
  • ・涙もろくなる
  • ・楽しいと感じることが減る
  • ・何をするにも億劫になる
  • ・頭がぼうっとして考えがまとまらない
  • ・以前ならしなかったようなミスが増える
  • ・疲れやすく、踏ん張りが利かない
  • ・食欲が落ちる
  • ・頭痛が増える
  • ・息苦しさや、のどの詰まる感じが生じる

このような状態になっても、何の対策もせず、これまで通り「ただ、がんばり続ける」と、以前なら問題にならなかった程度の負荷でも不調が出るようになったり、症状が毎日のように出るようになったりします。

このような「焦げ付き」が長く続くうちに、治療を要するようなうつ状態になってしまうことも、決して珍しくありません。

早く気づくことが大切です

こうならないために、まず大切なのは、心身の不調が生じていること、すでに対処が必要な状態に入っていることに早く気づくことです(▷不調のサインに早く気づく)。

ギリギリまで何も言わずにがんばり続け、突然倒れるようにして職場に出てこなくなる方もおられます。そのため、ご本人だけでなく、家族、パートナー、友人、同僚、上司など、周りの人が「気づいてあげる」こともまた大切です。

生活行動を見直す

そのうえで、1週間の疲れの収支のバランスが取れる生活を目指して、日常の生活行動を見直していきます。

生活を因数分解するように見ていくと、

  • ・心身のゆとりを削る要素を減らす
  • ・回復に役立つ要素を増やす

という2つの方向から考えやすくなります。

つまり、省エネで、回復力の高い生活のルーチンを組み立てるということです。

この視点を持つと、その人に合った具体策を検討しやすくなります。

心身のゆとりを削る要素を減らすには

仕事の質や量、人間関係などは、改善できればもちろんそれに越したことはありません。ただ実際には、自分の裁量ではどうにも変えられない状況に置かれている方も少なくありません。そのような方にも取り組みやすく、しばしば有効なのが、「思考の反芻を断ち切る」ことです。もう済んだこと、今眼の前で起きているわけではない嫌なことを何度も思い返してしまい、そのたびに自分で自分にストレスを加えてしまう。そうした悪循環が続くと、少しずつ消耗し、自滅しかねません。それを避けるために有効なのが「引きずらない技術」を身につけることです。詳しくはこちらをご参考下さい。

悩みを引きずらない技術 ―思考の反芻を断ち切る―

回復に役立つ要素を増やすには

回復に役立つ要素としては、なんといっても睡眠が重要です。そして、よい睡眠を取るために、まずお勧めしたいのが、睡眠薬に頼る前に、睡眠に関する基本的な工夫を行うこと(睡眠衛生)です。詳しくはこちらをご参考下さい。

睡眠の質を上げるためにまず取り組んでいただきたいこと

セルフケアの技術を高める

こうしたことに注意を払わないまま生活を続け、その結果として調子を崩しておられる方をお見受けする度に、自分で自分の健康を守るセルフケアの技術を向上することの大切さを感じます。

ストレスのかかる状況で自分の身を守るスキル、つぶれずに、しなやかに生き抜く技術を身につけること。そうした力を高め、働き方のバージョンアップを図るお手伝いができれば、治療者としてうれしく思います。

追記

WRAP(Wellness Recovery Action Plan/元気回復行動プラン)について

回復に役立つ要素を考えるうえでの助けとして、WRAP(Wellness Recovery Action Plan/元気回復行動プラン)をご紹介します。

クリニックのライブラリーにも関連図書がありますので、ご関心のある方はぜひお手に取ってみてください。

WRAPは、1990年代にアメリカのメアリー・エレン・コープランド氏らによって考案された、「自分の元気を自分で守るための自分専用のガイド(取扱説明書)」です。

もともとは、精神的不調や生きづらさを抱える当事者のリカバリー実践から生まれた方法で、次のようなことをあらかじめ整理しておきます。

  • ・調子がよいときの自分はどんな状態か
  • ・調子を崩しはじめたサインは何か
  • ・そのとき、何をすると立て直しやすいか

WRAPの主要な5つの鍵(エッセンス)

WRAPを実践するうえで土台となる、大切な考え方です。

  • 1.希望(Hope) 今はつらくても、良くなる可能性があり、さらに良くなり続けることもできる。
  • 2.個人的な責任(Personal Responsibility) 自分の元気のために、自分で行動を選び、決めていく。
  • 3.学ぶ(Education) 自分の状態や対処法について知識を深める。
  • 4.自分を擁護する(Self-Advocacy) 自分のニーズを明確に伝え、自分の権利を守る。
  • 5.サポート(Support) 信頼できる人たちの助けを借りる。

WRAPの典型的な項目

① 元気に役立つ道具箱

自分を助ける行動や工夫を書き出します。

例:散歩、入浴、早寝、音楽、信頼できる人に連絡する、仕事量を減らす、深呼吸、運動 など

② 日常生活管理プラン

調子がよいときの自分の状態と、毎日行うと安定しやすいことを整理します。

例:睡眠時間、食事、服薬、仕事のペース、休憩、SNSの使い方 など

③ 引き金(トリガー)と対処法

不調のきっかけになりやすい出来事を把握します。

例:対人トラブル、過重労働、睡眠不足、季節変化、家庭のストレス など

④ 調子が悪くなってきたサイン

まだ危機ではないものの、崩れ始めの兆候を書き出します。

例:イライラ、焦り、涙もろさ、集中しづらさ、朝起きづらい、飲酒量の増加 など

⑤ さらに悪化してきたときのプラン

自分だけでは立て直しにくい段階で、何をするかを決めておきます。

例:予定を減らす、休職を検討する、家族や支援者に相談する、受診予約を早める など

⑥ クライシスプラン

本人が判断しにくいほど状態が悪化したときに、周囲にどのように対応してほしいかをまとめておきます。

例:連絡先、してほしい支援、避けてほしい対応、受診先、薬の情報 など

⑦ クライシス後の回復プラン

危機を乗り越えたあと、どのように日常へ戻していくかを書いておきます。